
14
「なに?漣が敗れただと?」
「はい。」
貴族のような男が執事のような老人に聞き返す。
「ありえん。漣は四本槍の一人だぞ。その漣が能力を覚えたてのあの二人に負けるはずがない。」
「いえ。漣は赤羽に敗北したのです。」
「どういうことだ?」
「はい。漣が言うには、御主人様の言うとおり赤羽がいないときを狙おうとしたらしいのですがなかなかチャンスが得られず、かといってあまりこのことに時間をかけすぎてしまってはいけないかと思ったらしいのです。そのため、赤羽がいるのを承知で仕掛けた、と。」
「なるほど、な。つまりすべては私の失態、か。」
貴族風の男が苦虫を噛み潰したような顔で顔をしかめる。
「ですが朗報もひとつございます。」
「なんだ?」
「はい。赤羽があの二人を守れなくなるときがあるのを知ることができました。」
「それは本当か?いつだ。」
「あさっての午後、彼は出張に出かけるとのことです。そのときが好機かと。」
「わかっった。ならば渚に連絡をとれ。」
「かしこまりました。」
「え?それってかなりやばいじゃないっすか。」
今日のノルマを終えた二人に赤羽が話した内容について雄二が意見する。
「いや、その点については俺も考えてある。」
「考えてあるって、いったいどうするんですか?」
淳も心配になり思わず聞いてしまう。
いきなり赤羽から「あさっては出張だから俺はお前らについてやれない。」なんていわれてしまったから当然だろう。もしそこで敵に襲われたりしたらどうすればいいのか。
だが赤羽は心配要らない、と続けた。
「お前たちの護衛のためにある男にあさっては俺の代わりをしてもらう。」
「誰すか?それは。」
「お前たちも知っているだろ。優希だよ。二条優希。」
二条優希。確か隣のクラスの担任で、物理の先生でもある。その彼がどうして赤羽の代わりになるのか二人には理解ができなかった。
「どういうことですか?二条先生が赤羽先生の代わりというのは?」
「以前言わなかったか?俺のほかにも学校で能力者がいるって。優希、ああ二条はその一人なんだよ。」
二人とも驚いてしまう。まさか二条も能力者だったとは。
「実力は俺と同じくらいだからとりあえず安心しろ。特訓についてはその日は無理してやる必要もないしな。とにかくそういうわけだからよろしく頼むぞ。」
二人は黙ってうなずいた。
そして赤羽が出張に行った日の放課後。
「今日はよろしくお願いします。」
「よろしくっす。」
「うん。よろしくね。」
約束どおり二条が二人に付き添うことになった。
「ところで二条先生の能力ってなんなんすか?」
挨拶も終わったところでいきなり雄二は質問する。こんなことをいきなり聞くのもどうかと思うが。
「あれ、慎から聞いてなかったのかい?」
雄二はコクリとうなずく。
「そっか。僕の能力は重力操作。僕のへその辺りから球状のエリアの重力を好きに操れるんだ。」
「へえ。って、どれぐらいまでの距離を操れるんすか?」
「うーんとねぇ。大体、3メートル以内だったらほとんど精神エネルギーの消費は変わらないんだけど、それを出るくらい広い範囲をやろうとすると一気に精神エネルギーの消費が上がっちゃうんだよね。だから50メートル、実用的ではないけど本気出して75メートルくらいかな。」
「え?そんなに広い範囲で使えるんですか?」
「そうだね。でも戦闘で実際に使うとしてもせいぜい10メートルくらいだよ。それ以上は必要ないかな。」
淳と雄二は驚いてしまう。自分たちの能力でもせいぜい10メートルくらい離れているのを操るので精一杯であるのに、二条はその七倍以上も遠く操れるのだ。しかも3メートル以上は一気に消費が上がるといっておきながらである。やはり赤羽と同等の実力を持つというのはうそではなさそうであった。
「淳。すげぇな、この人といい、赤羽の先行といい。俺たちもがんばろうな。」
「うん。」
やる気が沸いてくる淳であった。
赤羽は特訓を無理してやる必要はないといっていたが、やる気が出てきた二人は二条に頼んで今日も特訓をさせてもらうことにしていた。
「僕は慎みたいに何かを投げたりできないからね。だから今日だけは能力を本気で使い続ける、精神エネルギーを増やす特訓だけ行うよ。」
「わかりました。」
「ただし、今日は特別に高重力下でやってもらうからね。がんばって。」
「え?どういうことっすか?」
「慎からの指示でね。なんでも『人間は慣れが怖いから、特訓するんだったらいろんな状況下で特訓したほうがいい』とのことだよ。」
「うわっ、なんか大変そうっすね。」
雄二の言葉に対し、淳は「でも」という。
「でも、確かに訓練になると思う。実際、敵がこっちの能力を使いにくくする場合もあるかもしれないから。」
「ああ、確かにそうだな。よしっ。気合入れていくか。」
「そろそろいいかい?じゃあ、はじめようか。」
高重力下での能力の操作はかなり難しかった。能力がほとんど思い通りに動いてくれない。どころか水を操ろうと浮かせるだけで精一杯といった感じであった。
一方、雄二は苦もなく火を操っていた。火はエネルギーであって質量がないからだろう。
「なんだこれ。簡単じゃないっすか。」
「ああ、そうか。谷本君が操るのは火だから重力は関係ないのか。それなら……。」
すると雄二は突然体に重りを乗せられたかのように、地面に引っ張られる感覚に襲われた。いや、実際地面に引っ張られていた。
「うをっ。」
二条が雄二のいるところまで高重力下のエリアを伸ばしたのである。
「谷本君はこれでがんばってみて。」
「く。これぜんぜん集中できねぇ。」
谷本の能力が高重力下でもまったく問題がなかったという赤羽のミスを二条はすぐにリカバリーした。
そして二人の特訓は続く。
十日ほど前のあの一件以来、麗華と雨宮は仲良くなっていった。性格が合ったのだろう。今も学校が終わったので一緒に帰っているところだった。
「そういえば、麗華ちゃん。この間のことだけど。」
雨宮が唐突に真剣な顔をして話しかけてきたので麗華は少し驚いてから「なんですか?」と答える。
「こないださ、浅野君の様子が変だって言ってたじゃない。そのことが気になっちゃって。」
「あっ、それならもう大丈夫みたいです。」
「大丈夫?」
この言葉に今度は雨宮のほうが驚いてしまう。なぜ大丈夫になったのか。この間はあんなに暗い顔をしていたのに。
「はい。たしかにこの間は思いつめているみたいでしたけど、最近はそんなことなくって。むしろ何かを追い求めてるような感じがするんです。だからもう心配はいらないなって。」
「追い求めている?へえ、それって乙女の勘ってやつ?」
「え?いえいえ、そんなんじゃなくって。ただこの間までは彼の顔を不安が取り巻いてたけど、最近はそんなことなくなってるみたいだったから。」
「ふーん、なるほどね。そっか。それならいいんだ。」
麗華のその態度に、雨宮はクスリと満面の笑みを浮かべるのだった。
「麗華ちゃん、がんばってね」と思いながら。
「さ、今日はこのくらいかな。」
二人ははあはあと肩で息をする。せっかく修行にも慣れてきたのに又振り出しに戻った感覚だった。しかしそれがいいのである。慣れてしまっては修行の効果が薄れてしまうからだ。
「なれない方法での特訓だったからね、疲れて当然かな。ゆっくり休んで、体力が回復したら帰ろう。」
「あ、あの。」
淳が二条に気になっていたことについて質問する。
「学校には先生のほかにも能力を使える人がいるって赤羽先生に聞いたんですが、それはだれなんですか?」
「そっか。慎はそれも言ってなかったのか。じゃあひょっとして僕が能力者だってことも知ったのはつい最近?」
「はい。二日前です。」
「なるほどね。慎君はプライバシーとか気にしたのかな。うん。でもまあ聞いといたほうがいいと思うから一応言っておくよ。」
もったいぶっているわけではないのだろうが少し間を空けてから二条は話す。
「君たちのクラスの副担任の春菜ちゃん。あ、白石先生のことだね。」
「はい。それは知っています。おせわになりましたから。あと一人いるらしいんですが……。」
「うん。もう一人はうちのクラスの副担の望月先生かな。」
「へえ。望月先生も能力者だったんすか。」
二条はコクリとうなずく。
「そうだよ。彼女の能力は記憶の消去。まあ詳しい話は本人に聞いたほうがいいね。」
「こんど聞いてみようぜ。」
「僕はいいや。」
「へ?なんでさ。」
「だっていきなりあなたは能力者なんでしょ、って言うのも失礼じゃない?だから……。」
「いや、その点は心配要らないよ。彼女も君たちが能力者だって慎君から聞いてるし。」
「えっ?そうなんすか。」
「うん。君たちに何かあったらよろしく頼むって。」
意外と赤羽は二人のことを結構心配しているんだと二人は気づき、個人差はあれ、赤羽に再度感謝する二人だった。
「さ、そろそろ帰ろうか。とりあえず心配だから君らの家まで送っていくことにするよ。君らの家はお隣さんなんだよね?」
「はい。」
「じゃあ、二度手間にならなくてすむね。よし。行こう。」
そういうと二条は立ち上がり、二人が立つのを待つのだった。そしてふたりに同伴するのだった。