E−XAMY

   16

 油断。

 迂闊。

 いや、ただ単に僕は過信していたのだろう。何も保証などないのに。

 ただただ、圧倒的な力を見ただけで。

 それだけなのに。

 それは結局、何も保障するものでもないのに。

 でも僕は。

 実際に。

 致命的に。

 油断してしまった。

 仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 実戦経験が薄いのだから。

 だがそんなことはいいわけだ。

 だからそんなことに意味はない。

 でも

 それでも

 ぼくは

 友達を見捨てることなんてできない。

 絶対に。

 だから。

 たとえ僕が油断したのが悪いのだとしても。

 それだけは。

譲れない。

 

 

 今朝の目覚めはすばらしかった。

 こんなにいい目覚めは久しぶりだろう。

「んー。よくねたな。」

 時計を見るとまだ6時半。家を出るのは7時半。

 いつも朝はおきてから45分くらいで学校に行くから、15分も余裕がある計算だ。

 さてどうしよう。二度寝しようか。いや、せっかくこんなにいい朝なのだからもう起きてしまおう。

 そう考えた淳はいつもより早く着替えてリビングに向かった。

「ん?早いな今日は。」

「おはよう、父さん。」

 いつもはやおきな父と少し言葉を交わし、朝食を待つ。

「あら、早いわね、淳。まだ朝食できないわよ。」

「うん。ゆっくりでいいよ。」

「なんかきのうからうれしそうだな。何かいいことあったのか?」

「ううん。別にないよ。」

「そうか。まああえては聞かんよ。」

 いいこと。

 あった。

 確かにあった。

 昨日、やっと敵のところのナンバー2を倒したのだ。確かに彼が実質的なナンバー2でないかもしれないが、それでも実力的には2位だろう。

 しかもそのナンバー2を圧倒的な力量の差を持って倒したのだ。

 これなら。

 これならもう僕らの開放も遠くない。

 いや、すぐそこのはずだ。

 これがうれしくないはずがない。

 ようやく、といっても時間的にはそこまでたっていないが。

 でも、ようやく開放されるのだ。

 これで僕も普通の高校生活が送れる。

 とても。

 とても幸せな気分だった。

「ほら、ボーっとしてないで。朝ごはんできたわよ。」

「あ、うん。」

 僕はいつもより早く朝ごはんを取り、そしてゆっくりと学校へ向かうのだった。

 

 

「お、今日は調子よさそうだな。」

「雄二もね。」

 登校中に雄二に会う。

 これもいつものことではあったが、それでもお互いこんな晴れやかな心で学校に行くのは久しぶりだった。ひょっとしたら高校では初めてかもしれない。

「昨日倒したやつ、ああ倒したのは俺らじゃないけどな。でもあいつ実力的にはあのぶらいがなんとかで二番だったんだろ。それほどのやつがあんだけあっさりやられるってのも俺としちゃあ拍子抜けだったぜ。」

 敵のチームの名前が少し違うような気がしたが、淳も正確な名前を覚えていなかったので突っ込まなかった。

「だがこれで残るはリーダーだけだ。これならそいつも俺らで倒せるんじゃねぇ?」

「いや、さすがにそれは言い過ぎ。」

「そうか?俺にはそうは思えないけどな。」

 確かに言われてみればそんな気もしてくる。

 ひょっとしたら本当に僕らだけで倒せるのかもしれない。

 うん。いまはまだ無理でも、もう少し修行したら倒せる。

 本来、慎重なはずの淳もそんなとっっぴょうしもないことを考えてしまった。

 

 

 学校でも淳は嬉しそうであった。彼にポーカーフェイスはないらしい。

「あ、浅野君、今日はいつもより、その、調子がよさそうだね。」

 教室で休み時間に麗佳に話しかけられたとき、淳はおおきく、おおきく、行為自体はそこまで大きくなかったが、心では非常に大きく、首を縦に振る。

「うん。いろいろ悩んでたことがやっと解決しそうなんだ。っていってもまだ、解決のめどが立った程度だけどね。」

「そっか。よかった。本当につらそうだったから。うん。私もうれしい。」

 麗佳ははにかみながら、顔を赤らめながら淳に笑った。

 その笑顔はとてもきれいで、思わず淳は見ほれてしまった。

 だが、そんな空気も一瞬で壊された。

 咲が神妙な顔持ちで話しに割り込んできたからだ。

「ちょっと、浅野君。さっきから見てて浮かれてるようだから言っておくけど、物事ってのはやってる最中もそうだけど、やっぱり最後ってのが一番大事なの。わかる?それなのに。はっきりいうけど最後だからこそ踏ん張らなければならないのに。あなたときたら。そんな。そんな腑抜けた心構えで。このまま。進むつもりなの?」

 咲が言葉を意識的に離しながら話す。一言一言を淳の心に響かせるように。

「え?」

「咲ちゃん。」

 心配そうに麗佳が淳と咲を見比べる。

「そ、そうだね、雨宮さん。僕も少し浮かれすぎてたかも。」

「すこし?すこしですって?」

 淳の言葉に咲はあきれてしまう。

「はぁ。あなた、自覚が圧倒的に足りないわ。これじゃあ確実に失敗するわよ。」

「い、いや。そんなことは……。」

「そんなことはなに?薄情な言い方かもしれないけど、別に私はあなたがどうなろうがかまわない。でも。でももしあなたが麗佳を傷つけるようなことになったら。たとえあなたのせいじゃなくても、私はあなたを許さないから!」

 どんと思い切り机をたたき、咲はすたすたと廊下へ出て行ってしまった。

「あ、咲ちゃん待って。ごめんね、浅野君。ほんとにごめんなさい。」

 そういうと麗佳もすぐに廊下に出て咲を追った。

「……。」

 正直咲のあの言い方には驚いていた。

 少し、いや。かなり頭が困惑していた。

 

 

「咲ちゃん待って。」

 すたすたと早歩きをしていた咲にようやく麗佳が追いついた。

「咲ちゃん、何であんなことを。」

「わかるでしょ。麗佳も。浅野君のあの浮かれっぷりを。」

「わ、わかるけど。」

 それでも。

 それでも。

 それでも淳がうれしいなら。

 自分もうれしかったのだ。

 ただそれだけなのだ。

「あなたの気持ちもわかるわ。でも、だからこそ誰かが言ってやらなきゃならない。だから。たとえ嫌われてもかまわない。それでもやらなきゃいけないことだから。」

「咲ちゃん。」

 そう。誰かがやらなきゃいけないことなのだ。そして彼女にはそれが無理だ。やさしくてやさしくて、まるで女神のようにやさしい彼女にはそんなことできない。そんなこくなことさせられない。ましてやそれが好きな相手ともなればなおさらだ。

 だから。

 だから彼女の友達、少なくとも自分ではそう思っている存在である自分がそれをなさなければならない。

 彼女のために。

 そしてそんな彼女が好きで、絶対に友達でいたい自分のためにも。

 たとえ彼女が好きな人から嫌われようと。

 たとえ彼女からきらわれようと。

 そう思っていると涙が出そうになってくる。

 せっかくいい友達になれたと思ったのに。

 でも。

 でも誰かがやらなきゃいけない。

 だったら。

 だったら私が。

「ありがとう、咲ちゃん。」

「えっ?」

 嫌われると思っていた。

 憎まれるとも思っていた。

 自分が好きな相手にあんなことをいった人に対して。

 そんな人に対して抱くのは嫌悪だけだと。

「ありがとう。本当にありがとう。」

 麗佳はお辞儀をするのだった。

「どうして……。」

「だって私にはあんなことできなかったもの。私は弱くて甘いから。でも浅野君には絶対に必要だった。咲ちゃんも言っていてじゃない。だから。ありがとう。私にはできないことをしてくれて。弱い私の代わりになってくれて。本当にありがとう。」

 うかつにも……。

 泣いてしまった。

 涙が止まらない。

 うれしいのか。

 悲しいのか。

 楽しいのか。

 わからない。

 でも。

 でも。

「う、うー。」

 思わず彼女に抱きついてしまった。

「ちょっ。どうしたの咲ちゃん。ごめんね。変なこといった?」

「ううん。ひっく。そんなこと、ないよ。でも。でも。」

 彼女はまだ15だ。

 たとえ少しばかり気丈に振舞っていても。

 まだ彼女は心的に成長しきっていない、成長している最中の女の子なのだ。

 たとえ自分の意思でも。

 嫌われ役は耐え難い。

 嫌われるのはもっと耐え難い。

 それも親友から嫌われるのは。

 まだ子供である彼女にはそんなことは耐えられない。

 だが彼女が言ったことでもある。彼女の親友はやしくてやさしくて、やさしくて仕方がないのだと。

 だからこれは必然。

 こうなるのは当然。

 でも。

 でもそんな言葉は必要ないのかもしれなかった。

 人の心に言葉は要らないのだから。

 

 

「うかれている、か。」

 二人が出て行ったドアを見ながら淳はつぶやく。

 確かにそうなのかもしれない。

 違うのかもしれない。

 いや、やはり違うなんてことはないだろう。

 だって。

 違うなら彼女はそんなこと言わない。

 そうだ。

 もっとしっかりしないと。

 まだ終わってはいないんだから。

 もっと……。