
17
いつもの修行場所に行く。
淳の心持は重かった。反対に雄二の心持は軽かった。
「しゃー、今日も始めましょうや、先生。」
「ん?なんだ?今日はやけにテンションが高いな。」
「当たり前っすよ。」
「ふーん、なんでだ?」
いやな風な雰囲気で赤羽は返す。が、雄二はお構いなしに明るいテンションで答える。
「だってよく考えてみてくださいよ、先生。二条先生は敵のナンバー2を、圧倒的な実力の差で倒したんすよ。これならナンバー1も楽勝っしょ。」
「おまえ、本当にそんなこと考えてるのか。浅野もそんなこと考えてるのか?」
「いや、楽勝とまでは考えてませんが。」
それでも。
それでも、いけるだろうと思ってしまう。
「おまえらなぁ。本当にそう思ってるなら言っておくが、二条も楽勝で倒したわけじゃあないぞ。」
「なーに言ってるんすか。あれを楽勝って言わないなら先生が戦ったの全部苦戦になっちゃいますよ。」
「二条が本気を出したといってもか。」
「は?本気?」
雄二の頭にはてなマークが浮かぶ。
「そうだよ。確かに圧倒的な強さで優希は勝った。だが、優希自身、ああしなければ勝てないと言っていた。勝てないは言いすぎだが、おそらくあれぐらいやらないと確実には勝ちえないと判断したんだろう。だから、優希は明らかに相性のいい相手に対して、確実に勝利するために本気を出した。わかるか?もしここで敵が奥の手を持っていたら優希は負けていたかもしれない。敵が騎士道精神にのっとったやつで、真正面から一対一で戦ってきたからこそ、勝てたんだ。本気を出すことによってな。」
実際渚が騎士道精神にのっとっていたかははなはだ疑問ではある。
なぜなら赤い死神がいないときを狙って二人を襲ったのだから。
だがもしも二条がいることを彼が知っていたのなら。
表向きは彼らのリーダーを立てるためにあえて知らない振りをしていたのかもしれない。
もしそうなら。
もし彼が騎士道精神を持っていたなら。
だからこそ不意打ちもなく、正々堂々と。
戦いの最中には淳たちを狙わず。
あくまで一対一で戦っていたなら。
否。
もし彼が騎士道精神を持っていなかったなら。
不意打ちをしてくるようなやつだったなら。
戦いの最中に淳たちを狙うようなやつだったなら。
あくまで一対一にこだわらないやつなら。
「そーんなわけないじゃないっすか。」
「だが二条が相性がいい相手に対して本気を出さなければ圧倒的な強さを見せ付けられなかったのも事実だ。」
そう、そんなことは推測にも及ばないただの想像でしかない。
その考えがあっているかどうかなんてわかりっこない。
どちらとも取れる。
だから淳には。
先ほどのことで少し落ち込んでいる淳には。
赤羽のほうが正しく聞こえる。
正しく聞こえはするものの。
昨日の光景からやはりそれは杞憂だと思ってしまう。
思ってしまっていた。
それは仕方のないことなのだ。
彼らには経験がなさ過ぎる。
判断材料が乏しすぎる。
だから仕方がない。
だが、仕方ないことで済まされないこともある。
「ちっ。お前たちがそんなことを思っているとはな。」
赤羽は苦虫をかんだように歯がゆそうにする。
「だったら今日は休みにする。」
「え?何でですか?」
「能力は精神によって左右される。そんなだらけきって心で修行しても何の意味もない。」
そしてぷいっと赤羽は帰り道のほうに向く。
「ただし明日は猛特訓だ。覚悟しておけよ。」
「えー。」
悪態をつけながら雄二は赤羽についていく。
そしてそれに淳もついていく。
油断。
まさに油断としか表現できない。
赤羽と別れた後、淳たちは家に向かっていた。
そして人通りのない裏通りを進む。
そこに一人の男が話しかけてくる。
和服を着ており、見るからに貴族のような気高さを出している男だった。
「一応のために聞いておこう。君たちが浅野淳と谷本雄二で間違いがないな。」
「だ、だれだよ、おっさん。」
その男はただならぬ雰囲気をかもし出していた。
圧倒的に。
壊滅的に。
その雰囲気に二人は飲まれてしまう。
「君たちが浅野淳と谷本雄二で間違いがないのだな?」
「なんのようだよ、おっさん。」
「ふっ。まず最初の質問から答えてやる。私は、白藤聡介。二つ名を『気高き純白』。いや、君たちにはブレイザ・ブリクの長といったほうがわかるか。」
「ブレイザ・ブリクの……。」
「リーダー……。」
思わず息を呑む。
まさか。
まさかありえない。
こんなに早く。
まだ昨日ナンバー2を倒したばかりなのに。
こんなに早く。
敵のナンバー1が。
こんなに早く。
来るなんて。
油断。
致命的なまでの。
油断。
圧倒的な。
油断。
「二つ目の質問は、答えなくともわかるな?」
言い終わると男は左手に持っていた細長い黒い包みから刀を取り出し、その包みを放る。
その動作は決して遅くもなく、決して早くもなく。
優雅に。
艶やかに。
神秘的に。
まるで。
まるで貴族のように。
それも特特上級の。
王や将軍などよりも位が高いかのように。
そんな貴族のように。
そして彼は刀を鞘から抜く。
この動作にしても。
優雅で、艶やかで、神秘的で、美しい。
そして。
かまえて。
刀を振る。
事が起きたのは、振って少しの時間もたっていなかったときだ。
ありえない。
ありえるはずがない。
男が、白藤が刀を振ってわずかな、ほんのわずかな時間の後に。
雄二が。
雄二の腹が。
思い切り。
何の前触れもなく。
いや、前触れならあったのかもしれない。
だがそんなことは関係ない。
どちらにせよ。
どっちにしたって。
その事実は変わらない。
雄二が切られたという事実は。
それこそ油断しきっていたときにいきなり来た危機だったから反応が致命的なまでに遅れた。
いや、反応していなかったというほうが正しいか。
「雄二!」
淳は叫ぶ。
親友に向かって。
だが、雄二にはその言葉は届きはしない。
雄二はその場に倒れる。
「雄二、雄二!」
雄二のほうを向きながら淳は叫ぶ。
カツン。
カツン。
そうしている間に白藤がよってくる。
「くっ。」
淳はすぐさま目の前に水で盾を作る。
いや、正確に言えば目の前ではなく、雄二の前に、だ。自分はあくまでその盾にぎりぎりはいるくらいのところにいた。倒れている雄二を守るためだ。
「氷ならともかく、水ではあまり盾の意味を成さんぞ。」
男には余裕を感じられた。
だが、その余裕は慢心でも油断でもおごりでもない。
それは気高さからくる、気品だった。
「やってみなければ、わからないじゃないですか。」
「そうか。」
男は言い終わるとまた、刀を振ってきた。
淳は覚悟した。
そして目の前の水をよりいっそう、盾として機能するよう念じた。
だが、白藤が振ったその直後に右から音を感じた。
たまたまだろう。
だが、確かに。
だがかすかに。
だが、確実に。
音を感じたのだ。
思わず振り返る。
振り返りすぎて後ろまで見てしまう。
だがそれが幸運した。
後ろを振り返っても何もなかったが。
否、それは違う。
何もなくはなかった。
いきなり振り返ったために少し体制が悪く、少し下をみてしまったことにより。
淳は気がついた。
地面のほこりが少しだけ舞っていることに。
まるで風が吹いているかのように。
そしてそれは明らかにかなりの速さで淳に向かっていた。
思わずこれを淳は避ける。
「!!」
水の盾が。
スパンと。
きれた。
淳がよけたことにより、風が水に向かっていったとほこりから判断できる。
その風が水の盾を通過した瞬間、いとも簡単に切れたのだ。
この瞬間、淳は脅威した。
あんなに強く張っていた盾が。あんなにもあっさりと切られるなんて。
だが、このおかげで敵の能力については見当がついた。
おそらく敵の能力は風を操ることだ。
思い切り刀を振り、そのときに生まれたかぜを一切変化させずに飛ばしていたのだ。そうすることによって、その風に当たった瞬間に刀で切られたときと同じ傷を受けるのだ。刀によって切られた空気を風として放ち、敵に当てる。いや、ひょっとしたら風を操る段階でその威力も上げているかもしれない。
もしそうなら脅威だ。風という見えない凶器で離れて戦う。しかも自分で風を生み出してそれだけを操って戦う。それはものすごい技術である。が、精神エネルギーの消費はそこまで多くない。
はっきり言って恐ろしく強いということがわかる。
でも。
淳はたたかわなくてはいけないと思っていた。雄二を見捨てるわけには行かないから。
対策はすこし思いついている。
先ほど見たように敵の攻撃が風である以上、敵の攻撃が近くに存在するときは風を感じるはずだ。
だからその風を感じ、そしてよける。
いける。
いける。
今の淳にはもう油断はなかった。
だが。
だがそれはあまりにも。
無謀だった。
無策に等しい。
もっともそんなことは関係ない。
淳は気づいていないが。
そんなことは一切関係ないほど互いの実力ははなれているのだから。