E−XAMY

   2―1

 あの事件があってから1月以上たっていた。淳たちはその間特訓を続けていたのだが、しかし一月前と比べると数段弱くなっていた。別に練習をサボったとかそういうわけではない。目の前に脅威や目標があった一月前は心の力も出やすかったし、練習に集中することもしやすかった。もちろん、今集中できてないとかそういうわけではないが、強くなるという漠然とした意識では、目標が間近にあった1月前とは違うのは仕方がなかった。能力というものが、心に左右されてしまうことにも起因していた。

 だからそのことに淳たちは複雑な思いを持ったが、赤羽は二人にそれは仕方ないことだと納得させた。

 それでも赤羽の目から見て、二人は確実に強くなっていた。それだけは間違いがない。赤羽自身の同時期と比べたらその成長の割合は少ないものの、着実に強くなっていたのだ。

 

 

「なんか雰囲気変わったよね、浅野君」

「え?」

 休み時間、麗佳は咲にいきなり淳の話を振られ、驚く。

「1月前くらいからかな。なんか雰囲気変わった。前はなよなよしたところが強かったけど、でも今は前ほどはない。もちろんまだまだあるみたいだけど。頼りがいがでてきたって感じ」

「そう、かな?」

「そう思わない?」

「うーん、どうだろう。でも頼りがいは前からずっとあったよ」

「そっか。彼に助けられたことがあるんだっけ」

「うん。でも、確かに前よりもかっこいいかもしれない」

 その台詞を言ったことが恥ずかしくなり、とたんに麗華は顔を真っ赤にさせる。そのとき麗華はあることに気づいた。

「え? ひょっとして咲ちゃん、浅野君のことを……」

 しかし咲は笑って否定した。

「違う違う。そんなわけないでしょ。確かに浅野君はかっこよくなったけど、まだまだよ。それに私は本気であなたの恋を応援してるのよ?」

「咲ちゃん」

「さ、じゃあアプローチしにいきましょ」

「え、え? ちょ、ちょっとまってよー。まだ心の準備が」

 言い終えるとすぐに咲は淳を昼休みの食事に誘おうと思ったが、辺りを見回しても淳の姿はなかった。

「あら、残念」

「もう、咲ちゃんたら……」

 麗華はほっと胸をなでおろしたが、心のそこでは少し残念だった。

 

 

 そのころ、淳と雄二は赤羽に屋上まで呼び出されていた。屋上は入学式の事件のあと、生徒の無断での立ち入りは禁止されていたので、秘密の話をするにはうってつけであった。ちなみにあの事件は淳たちが上級生にいじめられていたということになっていた。

「んで、なんすか話って。早くしなきゃパン売り切れちまいますよ。いや、もう売り切れてるかも」

「まあそういうなって。パンが売り切れてたら食堂行けばいいだろ? パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃない、ってか」

「いやっすよ。あそこの食堂うまくないんすもん」

「そうか? 俺はあそこの日替わり麺類、好きだぞ」

「えー。 慎先生、舌がおかしいんじゃないんすか?」

「ほう? お前そんなこと言っていいって思ってるのか?」

「なんすか? まさか殴るんじゃ……」

「そんなやつは、こうだ!」

 赤羽は雄二の頭に手をグーにしてのせ、軽めにこすった。

「いってー! ちょ、これ体罰っしょ!」

「あのー、先生。それで話って」

「おい淳! そんなことよりこれ体罰だぜ?」

「い、いや。今のは雄二がふざけてたからじゃない。それにあんまり痛そうなことしたようには見えないんだけど……」

「おまえ、これの痛さを知らないのか? マジで痛いんだぞ!」

「あーはいはい。そんでまじめな話なんだが……」

「ちょ、そこ無視すんな!」

 赤羽は完全に雄二を無視して話を続ける。

「ほら、お前らこのあいだ白藤を倒したろ?」

「別に倒しては、いないですけどね」

 複雑そうな顔で淳は答える。

「お前らがどう思っていようが、お前らが白藤の計画をぶっ潰したのは事実だ。それでそんな大それたことをしたお前たちを倒そうって輩がいるってことを俺はある筋からつかんだ」

「ある筋?」

「い、いやそんなことよりもっとすごいことあったじゃん」

「そうだ。雄二の言うとおり……」

「また白藤たちが活動を始めたんだぜ? やばいだろ、これ」

「え? 何をいっているんだ、雄二。おまえ」

「そうだよ雄二。あの人はもうそんなことやってないって慎先生が教えてくれたじゃない」

「猫かぶってたんだよ! 畜生、あのやろう」

「何をいっているのかワカラナイ」

 赤羽は変な言葉遣いでそういった後、話を続ける。

「白藤たちが動いたとかそういうんじゃなくてだな。なんだ。その、能力者として名を上げようとか馬鹿なことを考えてるやつらがお前たちを狙ってるんだ」

「能力者として名を上げる?」

「え? 何で名を上げることと僕たちを狙うことが関係あるんですか? それに能力者って大体が自分の能力隠してるって話じゃ……」

「まあ普通はそうなんだがな。どこの世界でも自分の力を誇示しようとしたがるやつらはいるんだよ。まったくもって馬鹿らしいがな」

「んで、何で俺たちを倒すと名があがるんすか?」

「お前らが白藤を倒したからだ」

「?」

 淳は首をかしげる。

「だからさ。お前たちは白藤を倒した。お前たちがどう思おうが、そういう風に周りは思っている。日本最強クラスといわれている白藤を、だ。だがお前たちはまだ能力を覚えて日が浅い。付け込む隙はいくらでもある。これは名を上げるチャンス、とかそんな感じだ」

「なんすかそれ。勝手な思い込みじゃないっすすか。迷惑っすよ」

「どうにかならないんですか?」

「どうにもならんだろうな。もう情報持ってるやつらはそう思ってるわけだし、いまから『白藤は俺が倒しました』って情報流したとしても信じないだろうしな」

「どうするんすか?」

「そりゃ、おまえ。強くなるしかないな」

「そんなあ」

 雄二はうなだれて言った。それに対し、赤羽は二人を鼓舞するかのように言う。

「だがこれはチャンスでもあるんだぞ」

「チャンス、ですか?」

「そうだ。お前たちは強くなりたいんだろ? 強くなるためには実践が一番だからな。このあいだだってそうだっただろ? 実際、白藤との一件がなかったらここまで強くなってないぞ、お前たち」

「確かに、そうですね」

「で、でもとんでもなく強いやつが来たらどうするんすか」

「お? 珍しく弱気だな、雄二」

「別にそんなことないっすよ。ただ俺は……」

「そん時は俺がやるさ。仕方ないしな」

「でも、いいんですか?」

「しょうがないだろう。あ、俺がいないときは、お前たちがまったくかなわない相手と出会ったら絶対逃げろよ。殺されるかもしれん」

「まじっすか?」

「残念だけどな」

 はあ、とまた雄二はうなだれた。

「なんだ、なんだ。ここ最近はとことん弱気だな。まあ俺がお前のこと誤解してただけかもしれんが」

「自信、喪失中なんすよ、今」

「何でまた、自信喪失なんかしてるんだ?むしろ無駄な自信ばっかりみたいなやつだったのに」

「だってさあ。俺たち、一ヶ月前はかなり強かったんだぜ。一人でも十分戦えるくらいにさ。でも今は、今の俺たちの弱さと来たらさ。なきたくなるくらい弱くなってるじゃん」

「だからそれはこのあいだ説明したろ? あのときのお前たちの状況と今のお前たちの状況じゃあ思いがぜんぜん違うんだよ。今のお前たちの思いが弱いなんてことは言わない。でも人間、危機に直面しているときとしていないときでは、ぜんぜん違うんだよ。火事場の馬鹿力みたいなのと一緒でさ」

「わかってますよ。耳たこっす。でも理屈でわかってたって、駄目なもんは駄目なんすよ」

 たしかに雄二は理屈では理解していたのだろう。だが感情では納得はできていなかったのだ。仕方がないだろう。まだまだ彼らは人として経験が少ないのだから。能力者としても経験は少ないのだから。

「じゃあやっぱり修行しかないな」

「わかってますって。だからサボらずにちゃんと修行をやってるんじゃないっすか」

「ああ、そうだな」

 赤羽がそういったところで昼休みが終わる鐘が鳴る。

「ありゃりゃ、もう終わっちまった。悪かったな、長くなっちゃって。とりあえず伝えることは伝えたからお前たちはダッシュで教室にもどれ。あ、廊下は走るなよ」

「どっちっすか」

「それと……」

 赤羽はバッグの中からパンを二つ取り出し、二人に投げた。

「授業中は食うなよ」

「いいんすか?」

「ほら、とっとと行った行った」

 二人は礼をいって、屋上から出ようとする。

「おい」

 しかし赤羽は二人に声をかけた。

「雄二、淳。安心しろ。お前たちは強くなる。このあいだのお前たちなんか比にならないくらいにな。だから今は、いろんなことに励めよ。スポーツに、勉学に。もちろん遊びにもな」

 二人は目を合わせてうなずき、そして「はい」と赤羽に向かって声を合わせるのだった。